2006.10.12 Thursday
23:59 | posted by
TriCraft
養成コース入校まで
■2000年 4月:NAS長崎の養成コースへ入校
自分自身がインストラクターになるという決心する前にサークルを立ち上げ、立ち上げ後すぐさまサークルでクラスを増やす必要が出たため、インストラクターを探していて感じたことですが、スタジオがない島原でも(スタジオが無いからこそ)これまでエアロビクス教室やサークルなるものが出来ては消え、出来ては消えしていましたので、エアロビクスを教えた経験のある人はいるはずです。
人づてにインストラクターのあてを探す中で過去教えた経験のある人の消息を尋ねる自分自身が「その人はどの資格を持って教えていたのか」をまず第一に尋ねていました。
エアロを始めて1年くらいの人間が、インストラクターの優劣をつけることが出来ないのは当然ですから、その人にレッスンをお願いしようかという判断の材料といったら資格の有無くらいしかないのです。
実際通ったことがないのでハッキリとは言えませんが、聞くところによると、伝説になるくらい素晴らしいレッスンをされていた方も何人かはいらっしゃったみたいですが、多くは以前大都市圏で教えていた、あるいはスタジオに通っていた人が、結婚・転勤・里帰りなどで島原へ来て、「何もやることが無いから、じゃー昔やっていたエアロでも教えてみようか」的な乗りだったという話も聞きました。
以前は素晴らしいレッスンをしようが、一旦、西の最果てに来てしまうと悲しいかなレッスンを続けていてもその内容は錆付いていきます。最低限資格を保持しているということは、その保持のため、ワークショップ等へ参加し、新しい情報等を習得していることの裏付けでもありますから、当時、インストラクターを探す際には資格の有無が第一条件でした。
(現在、フリーのインストラクターとして、様々なスタジオのオーディションを受ける立場となっては、「資格の有無」よりも「人間性」とか「指導の技術」などの優先順位が上だと思います。)
そういった流れもあって、自分自身がエアロを教えてみたいと思い立った際は、養成コースへ入校し、資格を取得するという考えに自然と行き着いてしまいました。
大都市圏ほどではないにしろ長崎でも様々な養成コースがありますが、幸にも妹が既にAFAAのインストラクターの資格を持ち、長崎のエアロ事情にも詳しいこともあって、妹と相談してAFAA PICの資格を取得するため、NAS長崎の養成コースに入校することにしました。
しかしながら、ここまでのエアロ歴と言えば1年だけ、しかも、本当のスタジオレッスンというものも体験しておらず、かなりの大冒険!
養成コースの顔触れを見ても、結構エアロ歴が長い人が多くドキドキの養成コーススタートでした。
養成コースに入って
NAS長崎の養成コースは、土曜・日曜日の約5ヶ月間のコースでした。
周りの生徒さんを眺めてみると経験も長いようでしたので、NASの土日会員になって、養成コースの前後のレッスンもできるだけ受講してエアロの経験不足をカバーしようと一所懸命でした。
ときには、養成以外に5本のレッスンを受けて目が真っ赤に充血してしまったこともありましたが。
養成コースの内容としては、当然のことながら実技と理論を一から勉強しました。
今考えてみると、エアロの経験不足が幸にも癖がついてなくすんなりと何の違和感も感じず実技に入れて良かったように思えます。
NAS長崎まで距離にして約65km、車で約1時間半の道のりは辛くないと言えば嘘になりますが、当時はただ一所懸命でしたので然程辛さは感じなかったように記憶しています。
ただ、養成コース+レッスンを受けて帰ると夜の12時近くになることもあり、それまで4人の子供の面倒を見ていた旦那がムッスリとして待っていた・・・ということもありましたが・・・・
卒業検定前に自分のサークルでイントラデビューを果たして(サークルやってて良かった!)自分なりに経験を積んで、卒業検定やAFAAのワークショップも切り抜け、無事インストラクターになりました。
オーディション
■2000年10月:NAS長崎の養成コースを卒業し、AFAA認定PIC取得
■2000年12月:NAS長崎でレッスンを担当
■2001年 1月:カレント(諫早市)でレッスンを担当
養成コースに通っていた時期は、サークルは、「エアロビクス教室」「パソコン教室」「トールペィンティング教室」の3つの教室をやっていたため、思った以上にバタバタしていました。
ところが、当時の森内閣が官製のパソコン教室を格安(何と1,000円くらい)で全国各地で実施するという情報を得、また、トールペィンティング教室の講師の先生のご主人が転勤されるということもあって、サークル自体をエアロ一本に絞っていくことにしました。
また、サークルの結成当初から指導いただいていた講師の先生が結婚され、嫁ぎ先の家業を手伝うため、サークルの指導が出来なくなるという話を受けましたので、養成コース卒業後は自分自身がサークルのレッスンも受け持つことになりました
。
つまり、これまでの外部の方を講師に招いて行っていた「エアロビクス教室」「パソコン教室」「トールペィンティング教室」のサークル活動が、インストラクター自身が運営する「エアロビクス教室」へと変わることになります。
自分自身の仕事の内容も各種教室の企画・講師の方との交渉・生徒募集・教室開催中の託児からエアロの指導が中心へと変化しますので、インストラクターとして生活していこうと決意し、卒業後はスタジオのオーディションを受けるようにしました。
まず最初に受けたのが、養成コースを通っていたNAS長崎のオーディション。無事合格!
続いて、セントラル長崎、何とオーディションの前日から39℃の熱しかも声が全くでないという状況で、フラフラになりながらなんとかオーディション会場まで辿り着いたものの、実力不足のうえ体調不備も重なり、当然のごとく不合格!
という具合で、順風万班とまではいかないものの何とかインストラクター人生を始めました。
インストラクターになって僅かな期間しか経っていませんが、何となく辞めたいなと思ったこともありましたが、辞める前に絶対!セントラルのオーディションに受かっていやる!セントラルに受かるまでイントラ辞められない!という強い思いがあり、今に至っているわけですから、オーディションの合否だけが全てではないと思います。
不合格になってもあくまでもスタジオとご縁が無かったと割り切って受けたほうがいいのではとつくづく思います。